ゴキブリ捕獲法

「形と文化の案内」という科目の課題で、身近な名人、匠に取材し、レポートにまとめるというものがありました。暮らしの中で見過ごされている知恵や工夫、文化を持った身近な一人の人への様々な角度からの聞き取り調査と、それによって得られた「形」のないものを、文章やスケッチ、図などという「形」にまとめることが課題だったようです。お義母さまから教えていただいたゴキブリの捕まえ方でレポートを書いたところ、「環境に対する配慮や、さらには人々がゴキブリに対して懐く恐怖心を和らげるのではないかという、共存の思想へと、多角的な視点でまとめられている」点が高く評価されました。お義母さまありがとうございました〜。
かなりすごい技なので、ここに公開いたします。マジすごいです。是非お試しを!!!
以下にレポートを転記します。



 この技は、北海道を除く日本中の人々に一筋の光明を示すものである。いや、温暖化が進む今日、近い将来北海道にも訪れるであろうあの黒い昆虫の恐怖から、人々を救う手立ての一つとなることを私は確信している。
 つやつやとした薄く黒い体、素早い動き、予期せぬ飛行能力に、私達はただ恐怖するばかりで、未だ有効な対抗手段を持ち合わせていないのが現状であろう。ホウ酸団子やコンバットといった殺虫成分入り置餌は、姿は見えないが潜在的に生息するものに対しては有効な手段かもしれない。しかしながら、目の前に突如現れたものに対しては無力である。箒や丸めた新聞紙で叩くか? 命中できずただ風圧で飛ばしてしまう確率は7割以上(我が家集計)と高く、また命中しても打撃時に床などに付着した内臓物を払拭することには堪え難い嫌悪感が伴う。ならば殺虫剤はどうか? 「秒殺」などとうたっている殺虫剤でさえ致死には1分以上の噴射が必要で、それまで高速かつ変則的に動き回るものを追い続けなければならない。その結果部屋に充満した強烈な臭いや殺虫成分は人体にも有害である上、目も手も届かない場所に逃げ込まれれば、将来にわたってそこに黒い死体があるかもしれない恐怖と、またどこかから這い出してくるのではないかという恐怖に苛まれることになる。いずれの手段にしても、最終的には床上の死体を捨てねばならず、この時の紙越しに掴んでも分かってしまう固い外骨格や脚の感覚は、いくら手を洗ってもしばらく消えることはない。
 このような恐怖や嫌悪感に苛まれることなく対処することはできないのだろうか。私の義母、K氏は、N県A村に居住中、度重なる黒い昆虫との戦いの中で画期的な方法を思いついた。「叩き潰したくないし、触りたくないし、臭いのもイヤ」という氏があみ出した技は、上記の問題点をすべてクリアしている。「身近にあるものしか使わないし、誰にでも絶対できる」と、長年の実績の上に氏は断言する。その言葉の通り、必要なものは紙二枚とビニール袋1枚だけである。それは、氏の考案した非破壊的・非侵襲的ゴキブリ捕獲法である。

方法
 用意するものは、大きめの新聞折り込み公告紙、またはレポート用紙等を2枚。40cm×60cmあれば十分である。「少し張りのある紙がいい。大きなスーパーのちらしが最適」と氏は言う。新聞紙は柔らかすぎて適さないらしい。ビニール袋は、スーパーの買い物袋でもゴミ袋でもよい。大きめで、穴が開いておらず、容易には破けない袋であれば何でも構わないようだ。精神衛生上は、透明の袋より白色不透明、半透明のものがよりよいと思われる。「ゴキブリを見た後に準備しても間に合う」と氏は助言する。
 詳しい手順は以下の通りである。
 まず紙を手巻寿司のように巻く。メガホンぐらいの広がり方がよい。次に、細くすぼまっている方を平らにつぶして端から数cmの所で折り、紙筒の開口部を広い方1つにする。ここは忘れてはならない重要なポイントである。このような紙筒を2つ作ったら、両手に一つずつ紙筒を持つ。紙筒の細い方を握るようにする。紙筒の向きであるが、紙筒を握る手の甲を見た時、開口部の紙が長く出ている方(べろ)が向こう側になるようにする。こうすることで、以降の動作がスムーズに行えるようになる。
 ここから標的(ゴキブリ)と対峙する。
 標的がどこにいるか、どちらに向かっているかを把握するのが第一段階である。天井や、壁または床の真ん中辺りに標的がいる場合は、できれば静かに床と壁との接面付近に誘導する。「でも、だいたいゴキブリは部屋のはしっこの方を歩くから大丈夫」と、標的の行動パターンを熟知した氏は言う。ここであせって急いで追い立てたりバタバタ派手に動いたりすると、標的が危険を察知し、猛スピードで逃走し始めてしまう。そうなっては捕獲の難易度が高くなる。あくまで静かに、冷静に、準備を行なう。
 部屋の隅にいる標的の頭部・尾部方向を確認できたら、次に用意した両手の紙筒をタイコウチのように胸前に大きく構え、そっと標的の頭部方向と尾部方向から近付け、ある程度標的と距離をおいたところに開口部を置く。この時、開口部のべろを、床面または壁面に広く、しっかり、接地させる。特に標的頭部側の紙筒の接地は重要である。緊張のあまり強く接地させようとすると、紙筒の開口部が狭くなったりべろが浮いたりしてしまうので注意が必要である。
 紙筒で標的をはさむように構えたら、ここで標的尾部側の紙筒だけを少し動かし、頭部側紙筒の内部へと標的を誘導する。つまり、後ろから追われた標的が、前方にある紙筒の中へ逃げ込むように仕掛けるのである。氏は強調する。「ここがすごく重要なんやけど、ゴキブリを入れる方、待ち受ける方の紙はじっとして絶対動かさないこと」。しかし、こんなことで本当に標的は前方に待ち受ける紙筒に入っていくのか? 紙筒の横の方に逃げていかないのだろうか? 私は疑問を氏にぶつけた。氏はあっさりと答えた。「ちゃんと入るで。」「ゴキブリは狭くて暗いとこ行こうとするし、部屋のはしっこを歩こうとするから、そこに紙筒構えてたら大して追っかけなくても勝手に入るんよ」。標的の生態を巧みに利用しているのである。
 ここからは仕上げの段階となる。最もスピードが要求される過程である。
 標的頭部側に待ち受けていた紙筒に標的が入ったら、素早くもう片方の紙筒を開口部側から差し込んで隙間なく二つの紙筒を合体させ、紙筒中に標的を閉じ込めるようにする。ここで重要になってくるのが、準備段階で紙筒の細い方をしっかり折って閉じておくことである。氏は過去の苦い経験についてこう語ってくれた。「前に(紙筒の細い方を)折るの忘れてて、そっからピュー!ってゴキブリが飛び出してきたことあってん。自分の顔の方へビュッて出てきたからめちゃめちゃびっくりしたわ。だから、これだけは忘れんとしっかりやっとかなあかんで」。
 標的の紙筒内への封じ込めが完了すれば、あとは密封、廃棄するだけとなる。用意しておいたビニール袋に、合体させた紙筒を入れ、しっかり口を結んで封をする。袋に対して紙筒が大き過ぎる場合は、紙筒を二つ折りなどにして入れるとよいそうだ。あくまで筒内の標的は生存していることを忘れてはならない。紙筒を入れた勢いで袋を破ってしまっては元も子もない。最終段階だからといって油断せず、標的に逃げられないように、廃棄するその時まで細心の注意で臨むことが必要である。

 おわりに
 今まで私は殺虫剤や箒を用いてゴキブリと対決してきた。しかし、序に述べたように、既存の方法では対決後に様々な問題が生じていた。叩けば内臓物や脚、触覚、羽等の残骸の処理が必要になるし、殺虫剤を噴射すればゴキブリの動きは高速かつ不規則になり、それを目の当たりにするだけでも精神的ショックは大きかった。殺虫成分の人体への影響も気になる。ところが、義母の技は、ゴキブリを叩かず、体に悪いものも使わず、変に追い掛け回したりしないため、上記のような問題がそもそも生じないのだ。部屋の隅の方を通る、暗くて狭い所を好む、パニックにならなければ実はゆっくり動く、といったゴキブリの生態を実に上手く利用しており、かつ特別なものは何一つ使っていない。身の回りにあるものだけで、人に優しく、ゴキブリにも比較的優しいこの方法は、義母の鋭い観察眼と洞察力のたまものであろう。どのような経緯でこの技が作り出されたかについては、残念ながら記憶にないとのことである。
 この技が広く知られるようになれば、ゴキブリの捕獲はより容易になり、その結果ゴキブリに対して人々が持っている恐怖心が薄らぐのではないか、と義母は想像をふくらませている。それを検証するためにも、なにより多くの人々をゴキブリ退治時の嫌悪感から解放するために、私はこの技の普及に努めてみたいと思う。