ときどきは、夢の中で

あの弔辞が忘れられない。そして今でも松井先生一家が亡くなったことが半ば信じられない。まだあの巣鴨のお家に行けば「よう」なんて出て来てくれるんじゃないかと。だからあそこを訪れて現実を見るのは怖い。お家の前に埋め込まれた手作りのプレート。あったかい家族。私に「かんちょー」してきたちたるくん、チョコレートケーキをほおばってたびーたくん、気さくで綺麗な理恵さん、陽気ででっかい先生。おいしいごはんをみんなで囲って。あんな家族がいいなあ、と思ってた。あの家族に入ってしまいたいと思うほど。私がピンチの時に、すごく心配してくれた理恵さんと、おそろしく冷静に助言してくれた先生。年が明けたら論文の別刷り持ってあいさつに行こうと思ってた時にテレビのニュースで先生の名前を聞いた。初めは別人だと思ってた。思いたかった。だけど家族の名前や写真が流れて、信じられない思いでそれを見てた。白い雪に覆われた旅館とぽっかりとあいた黒い深い穴。
年が明けて、まだ別刷りも出来ていない寒い日にお別れ会があって、花で飾られた写真と祭壇だけにあいさつした。あのときの先生の言葉のおかげで論文出ましたよ、ご心配かけちゃってすみませんでした理恵さん、びーたくんとちたるくんがどんな男の子に成長していくのかすごく楽しみだった、ケーキ持って遊びに行くはずだったのに。会の最後に先生のご友人がとても静かで素敵な弔辞を述べられてた。美しい言葉でやさしくなめらかに先生ご一家のことを語られ、「やすらかにお眠りください」と言った後、最後に「せめて時々は、夢の中に出てきてください」と続けられた。私はこのすべてが夢の中のような気持ちで彼の言葉を聞いてた。
あれから4年半。いま、先生に報告したいことがいくつか増えた。理恵さんに聞きたいことがたくさんある。びーちゃんちーちゃんと遊んでもらいたいのに。いまだ先生は私の夢には出てきてくれてない。いつか夢の中で。